刊行のことば(改訂版によせて)
電気鉄道は幅広い分野の技術と,長い間の経験の集大成であり,わが国の電気技術のパイオニアとしての役割を果たしている。わが国は世界的にも高い鉄道輸送シェアと鉄道技術を有しており,鉄道の旅客輸送の約95%が電気鉄道によっていることを考えれば,鉄道といえば電気鉄道を示すといっても過言ではない。さらに,省エネルギーで地球環境に優しく,信頼性の高い交通機関としても注目される。
鉄道がわが国で初めて開通したのは,1872年の新橋~横浜(現在の汐留~高島町)間であり,運行管理にモールス通信が使用された。その後,情報交換のための通信技術と,運転保守のための信号技術に分かれて発展し,座席予約や営業サービス,列車群の運行管理などを行う大規模なシステムへと変遷している。
電気鉄道は1895年に京都で直流500V方式の運行が開始され,市街鉄道や近郊の寺社などを結ぶ鉄道が相ついで開業している。その後,輸送量の増加に伴い直流方式の1500V化と,商用周波単相交流20kVによる普通鉄道の電気運転が実用化され,高性能電車の技術と結び付いて,高速鉄道である新幹線誕生の原動力となった。新幹線の成功は,鉄道の斜陽化傾向があったヨーロッパ各国にも刺激を与え,世界的に高速鉄道が見直されることとなっていった。車両の駆動は直流電動機から,パワーエレクトロニクス技術の進展に伴い,小形で省メンテナンスの誘導電動機駆動へと進み,電気車の運転性能の向上や,新幹線における最高速度320km/h運転が可能になっている。さらに,在来線では高効率の永久磁石同期電動機駆動も採用されつつある。
また,磁気浮上式リニアモータ推進式鉄道も,常電導方式のトランスラピッドが2003年に上海で,リニモが2005年の愛知万博に合わせて相ついで開業している。超電導磁気浮上方式も技術的に完成域に達し,東海旅客鉄道株式会社では,東海道新幹線のバイパスとして,2027年の中央新幹線(東京~名古屋間)の開業を目指している。
さらに,各種駆動方式による都市交通システムがつぎつぎと実用化されており,これらのシステムを学ぶことは,導入を考える地元にとっては興味深いと考えられる。
最近,国際的な技術の交流が叫ばれており,電気鉄道においても例外ではない。広く海外の技術を学ぶことは海外への進出のために必要なことはもちろんであるが,さらにわが国の鉄道技術を発展させることが期待される。
初版が発刊されたのは2007年であるが,特に,2006年は東海道線の全線直流1500V電化から50年,2007年はわが国の交流電化から50年の節目にあたり,この間の技術進歩には目をみはるものがあった。
このような背景を考えたときに,第一線の技術者や研究者のために,高度情報化時代の環境に優しい交通システムとして新しい考えに基づいた,電気鉄道に関する技術をまとめたハンドブックの整備が求められた。そこで,電気鉄道について最新技術を述べるだけではなく,発展の経緯や周辺技術を示して理解を深めるとともに,将来の技術発展を願ってコロナ社から『電気鉄道ハンドブック』を発刊することになった。
その後,初版の発行から14年を経過して個別の技術進展はもとより,大きな技術の流れが見られるようになっている。
例えば,リチウムイオン電池など二次電池を用いたハイブリッド自動車や電気自動車の進展は著しく,鉄道においても,蓄電池を搭載した電気車や,地上の電力貯蔵装置が積極的に用いられるようになってきており,電気鉄道の新しい体系として注目される。
特に最近は,海外に向けての鉄道技術の積極的な展開が行われており,海外展開について知るべき技術や,わが国との技術の相違を述べた書籍が求められている。
このようなことから,『電気鉄道ハンドブック』について,陳腐化した内容を見直すとともに,二次電池を用いたハイブリッド電気車および地上設備体系の整理,海外展開については「13章 海外の電気鉄道」の章を再編するとともに,新たに14章を設けて海外展開に携わる皆様に資することなどを目的に,改訂を行うことにした。
本ハンドブックは電気鉄道に携わる,各分野の専門家により委員会を構成し,長期にわたり内容を吟味して,大学,行政機関,鉄道事業者,コンサルタント,メーカなどの第一線の研究者や技術者,約160名に執筆をお願いした。さらに改訂版については,新たに最新技術に携わっておられる皆様を編集委員あるいは執筆者として,内容の確認および修正をお願いした。また,索引には英文を付記し,鉄道用語辞典としても役立つように配慮している。
これらの結果,幅広く充実した内容になっており,広く長年にわたって活用していただければ幸いである。
終わりに2007年のコロナ社創立80周年記念出版として『電気鉄道ハンドブック』を企画されて出版および鉄道界への普及と,今回の大幅な改訂に多大の心血を注いでいただいた,コロナ社の各位に敬意を表して感謝するとともに,コロナ社のますますのご発展を願うものである。
2021年2月
電気鉄道ハンドブック編集委員会
監修代表 持永芳文
改訂 電気鉄道ハンドブック
- 電気鉄道ハンドブック編集委員会 編
- B5判/1,024頁 定価35,200円(本体32,000円+税)
- 箱入り上製本